お客様の声

  1. 持田香子(仮名27才)

    ぎっくリ腰で・・・
    片道二十時間余のフライトも至って快適にすごし、
    昨日帰国。今朝から元気に働いているなど二ヵ月前からは想像も出来ません。
    六年程前にぎっくリ腰をわずらって以来、
    何度もそれを繰り返し、様々な治療を受けましたが一向に効果はありませんでした。
    毎年、必ず忘れた頃に「ぎっくり腰」はやって来て数日床につかねばりません。
    仕事柄、海外でなったらどうしようと、常に気がかりで、腰痛体操や水泳教室等と体質改善の努力はしていたのですが、
    今年の冬には腰痛から足にも痛みの走る「椎間板ヘルニア」にまで発展してしまいました。
    数週間寝たきリでも病状は一進一退で、整形外科には入院を勧められ「たとえ今治っても、ずっと爆弾をかかえている様なもの。
    いっそ、手術しては」といわれ、真剣にそれを考えました。自分の足で営業するという仕事では、自分の体こそが一番の資本です。
    その体の要に欠陥があるのならば、思い切って除いてしまった方が・・・と入院を決心した時、
    カイロを知人の方に熱心に勧められました。針、灸、指圧と様々な治療を経験した私でしたが、
    カイロは頑強なスポーツマン向きの荒治療とそれまで敬遠していました。
    それが先生に、背骨に触れていただいただけで、レントゲン写真でも見透せなかった点を指摘いただき、
    一回目の治療で座れる様になった驚きは忘れられません。
    一週間で歩ける様になり、二週間後には仕事に復帰出来ました。
    意外なことに欧米の友人達はカイロの効用を良く知っていて、
    「なぜ最初からその治療を受けなかったの?」と、いわれました。
    指圧や針などの療法が一般化している日本で、カイロプラクティックが欧米に比べ、
    今ひとつ誤解されているのは皮肉なことです。
    整形外科では、痛みのメカニズムは機械を分解する様に解明されますが、
    どういう原因でそうなるのか、どうすれば防げるのか、といった点になると実に曖昧です。
    「椎問板ヘルニアは事故にあった様なもの。
    取れば治る」という、一見合理的な診断がなされます。
    が、我々の体はパーツを組みあわせた機械ではありません。
    何年もかけて一人一人が自ら創り上げてきたものです。
    それぞれの痛みも、それぞれの体の歴史が作ってきたものです。
    その瞬間のパーツだけを写すX線では、そこまでは見透せません。
    今は、右足に軽い痺れを覚える部分がまだありますが、至って快調です。
    ともすれば先生の治療に頼りがちですが、
    「それよりも、自分で体操をして常に自分で矯正することを心がけて下さい」と、常々いわれています。
    自分の体には様々な不満もありますが、そのウィークポイントを含め、
    自分の歴史として愛せる様になりました。私の背骨の右側轡というのは常についてまわる宿命にある訳で、
    こちらで教えていただいた体操も、一生続けてゆくつもりです。
    これからも長いおつきあいになると思いますが、よろしくお願いします。

    インタビュー

  2. 里田久美子(仮名36才)

    自律神経失調症
    私と「自律神経失調症」とのつきあいは、十年におよぶ。
    二十二才頃から、時々、動悸や息切れ、疲労感などがあり、検査も何度か受けたが、結果はいつも「異常なし。」
    いつしか「自律神経失調症」は、私の疲労度のバロメーターとなってしまっていた。
    3年前から、毎日微熱が続くようになった。疲労感が強く、なんとも言えず気分が悪い。
    かかりつけの医師にすすめられ、大学病院で検査を受けたが、結果は異常なく、ひとまず「様子を見る」ことになった。
    こうして一ヶ月たったが微熱はひかず、動悸、息苦しさはますますひどく脈拍は常時100前後あった。
    食欲もなく、いつも船の上にいるようで、足元もおぼつかない。
    真夏というのに足は氷のように冷たく、紫色にうっ血して、足の裏は冷たい汗に湿っていた。
    子供の保育園の送迎もつらく、三才の子の歩調を追うのも苦しい。
    台所に立っていると、背中から肩、首すじと?りがのぼってくるのがわかる。
    次第に最小限の家事さえ苦痛となってきた。
    「何か重大な病気ではないか」そんな不安に駆られ、次々と病院を変えては、ひととおり検査を受ける。
    どこでも以上は見つからず、結局、ということになった。
    医者は「気分転換」「スポーツ」「薬」等アドバイスしてくえたが、日常生活も満足に出来ない状態の私には、
    とてもスポーツどころではなかった。
    九月末二ヶ月以上の休職のあげく、回復しないまま出勤した。
    薬を飲んでいるにも関わらず、一向に軽快しないばかりか、夕方になるとしばしば目の奥が痛み、
    吐き気をもよおす程の頭痛に見舞われるようになった。
    このような状況でで年の瀬を迎えたある日友人が「カイロプラクティック」を薦めてくれた。
    彼女自身、大学病院で「メニエル氏病」と診断された猛烈な「めまい」から、カイロ治療により救われた、という。
    耳なれない治療法に、半信半疑ながら、年が明けるとすぐ、出かけて行った。
    田中先生は私の症状を聞き、背骨を触診した後、「あなたの症状の全ては、
    極端なねこぜのために首がすくんでしまっているのが原因です」と??、
    そして、背骨と自律神経失調症の関係、背骨の仕組みと「正しい姿勢」そして「猫背=悪い姿勢」
    がいかに人間の体の働きを狂わすか、ということを背骨のmっ系や図解を示しながら丁寧に説明された。
    そして普段私がどんな姿勢でいるかまで、ズバリと指摘された。
    「若いのだから一ヶ月でひととおりは治るでしょう」の言葉にすがりたい思いであった。
    それからの一ヶ月、私は自分と闘った。
    長年の習慣の矯正体操を実行すること。常時正しい姿勢で過ごすこと。
    この二つ厳しく要求された。少しでも怠るとすぐに見破られてしまう。
    長年怠けてきた私の筋肉は、あちこちで悲鳴をあげていた。
    胸張り体操を私はずい分やったつもりなのに、先生は「まだ足りない」と言われる。
    始めは一日二十回くらいだったが、足りないといわれては増やし最後は一日二百回を実行していった。
    それまでの苦しい半年間の中で、私は「仮病では?」とまでいわれていた。
    疑いを晴らすには、元気になって人一倍仕事をしてみせなくてはならない。
    退職まで考えざるを得ないところまで追い込まれていたのだから、なにがなんでも頑張ろう、その一念であった。
    そして一ヶ月たったとき、私は本当に「ひととおり普通の体」に戻っていたのであった。
    信じられない思いだった。
    あれ程気にしていた微熱は、四回の治療で嘘のようにひいていたし、
    耳なり、首や肩、背中のこり、手足の冷え、頭痛、動悸、めまいなど十指にあまる様々な症状も驚く程、軽快していた。
    その後は「治療」というよりも姿勢の点検の意味で通っていたが、六ヶ月もたつと、
    乱視で眼鏡を使用していた私が、まったく眼鏡を必要としてしなくなってしまった。
    いつも胃が不調で検査のたびに、骨盤の中まで胃が下がっている、と言われていたのに、
    胃も全く正常な位置に戻り、正しい姿勢の効果に改めて驚かされた。
    あれから五年、職場にも家族にも大きな迷惑をかけ、何よりも私自身、
    絶望的な気分で過ごしていた頃をふりかえると、今の自分が夢のようである。
    思えば、ある日突然見まわれた症状ではなく、長年の悪い姿勢習慣が徐々に自立神経の働きを狂わせていたもののようである。
    もし「カイロ」に出会わなかったらと思うと、その先を想像する勇気はない。
    半ば疑いつつ、一方ではワラにもすがる思いで始めた「カイロ」ではあるが、「副作用」がひとつあった。
    それは「体質改善」という思いがけない「副作用」である。
    当初の症状が治ると治療をやめてしまう方があるが、もったいないことである。
    一ヶ月に一度、あるいは二ヶ月に一度でよいから健康法として「カイロ」を続けられることをおすすめしたい。
    「体質改善」と言うありがたい「副作用」に必ず出会うことうけ合いである。

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